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山形県 温海温泉 あらたまや
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〒999-7204
山形県鶴岡市湯温海甲172
TEL:0235(43)2007
FAX:0235(43)2052
●第一級防災設備完備
●客室数 19室
●定員 97名様
●源泉掛け流し100%
  檜風呂・花風呂
●駐車場完備



江戸時代、当館の先祖に「花頂山(かちょうざん)」という相撲取りがいました。「花頂山」は天下無敵を誇った江戸相撲の大関・「雷電為右衛門」を二度負かした唯一の力士です。

明和4年(1767)当館新玉屋に生まれ、同じ庄内出身の初代出羽海の門下に入り、23歳で初土俵を踏みました。亨和2年(1802)には、雷電と東西を分けて当時の最高位、大関に昇進しています。

温海温泉 熊野神社花頂山
  事績碑より


江戸大関布野上事花頂山は、明和四年、湯温海村三代斎藤五左衛門(あらたまや)の長子に生る。

天明八年、二十一歳の時、江戸に上り、初代出羽の海の弟子となる。寛政二年、温海嶽と名乗り三代目に附出され初土俵を踏む。備前池田候の抱えとなり鶴ヶ獄のち東山五郎吉と改め累進して同六年、入幕。庄内酒井候に雇抱えられ花頂山と命名さる。

毎場所好成績をあげ、寛政七年小結、享和元年関脇、同二年大関に栄進して久留米有馬候に仕え布野上浅右門の名を賜わる。この年八月、京都巡業中急病のため歿す。享年三十五歳。

当時、強豪大関雷電為右衛門の好敵手にして二回勝と一回の預りを記録せしは唯ひどり、花頂山の誉なり。亦、横綱小野川をも破り、その勇カと技量は寛政相撲の筆にして、時の浮世絵師はこぞって花頂山の姿絵を描き世に広く宣伝さる。

花頂山世を去りて星霜既に百五十七年その児孫十一代斎藤五右衛門新玉屋当主に請われ初代出羽の海につながる緑を尊び、ここにその事蹟を銘じて大先達の勲功を讃仰する次第である。

昭和三十四年八月 七代目 出羽の海秀光


熊野神社境内の墓碑と顕彰碑
花頂山事跡碑より
熊野神社 花頂山事績碑より

大関 花頂山の雄姿
大関 花頂山の雄姿
雷電との取り組み1
雷電との取り組み1
雷電との取り組み2
雷電との取り組み2
■関連リンク

大関伝:http://www.ep.sci.hokudai.ac.jp/~tsubota/ohzeki/oo02.html#076


享和2年(1802)番付 当時の相撲風俗 弟子を従えた常山五郎吉
享和2年(1802)番付 当時の相撲風俗 弟子を従えた常山五郎吉

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